カラーリスト 2019.5.22

もうカットは嫌!でも美容は好き!私が選んだカラーリストとしての道

SPEEDY 学芸大学店 店長 今井 仁美

もうカットは嫌!でも美容は好き!私が選んだカラーリストとしての道

29歳。茨城県出身。学芸大学店 店長。SPEEDYに入社して今年で4年目。ハリウッド美容専門学校入学を機に上京。美容師ブームの火付け役となったドラマ「ビューティフルライフ」を観て美容師に憧れ、目指す。

東京のオシャレな美容師さん

ビューティフルライフを見る前から、もともと美容師に憧れはありました。

私が中学1年生のときかな。初めて行った茨城のサロンで思った通りの前髪にしてもらえなくて…相当落ち込んだんです。でも次に行ったサロンで担当してくれた美容師さんが、その変な前髪をサラッとイイ感じにしてくれて。嬉しかったなあ。またそのサロンが東京の系列で。東京のカッコイイ美容師になりたい!って思ったのがキッカケです。

だから六本木にあるハリウッド美容専門学校。東京、しかも六本木。都会のオシャレな美容師になることを夢見て、入学しました。

希望が見えてこなかったジュニアスタイリスト時代

就職先は都内10店舗以上あるサロンに入社。あまり悩まずに決めました。先輩に薦められたのと、人間関係が良さそうだったので。希望勤務地は上京以来、ずっと住んでいた門前仲町から近い店舗を希望していたんですが…自由が丘店への配属に。

アシスタント時代の2年間は必死でした。営業時間外、朝は7時から夜は終電ギリギリまで練習の日々。1年目はウィッグを使って、2年目は自分でモデルを探して、毎日カット練習してました。休みは週1日、ほんとキツかった…。3年目の23歳にジュニアスタイリストになったんですが、スタイリストになるまでの試験が5つ以上もありました。最初は受かりやすい内容なんですが、だんだんと難しくなっていって。試験に何度も何度も落ちて、カットへの自信が無くなっていくのを感じてました。それにスタイリストになっても、アシスタントと給料がほぼ変わらないと先輩から聞き…。スタイリストになる意味はあるのかな?と、モチベーションも下がってました。それだけじゃなく上司には一切逆らえない環境でメンタルもキツかったです。就職活動のときに見てたあの優しい社員の人達はどこに行ったんだろう?ってぐらい(笑)。それから2年後、苦手意識を持っていたカットがだんだんと嫌いになってしまって、ジュニアスタイリストのまま退職しました。

カットだけが美容師じゃないと自信を持てました

25歳のときに辞めて、3ヶ月くらい何にもしませんでした。今まで休めてなかった分、休もうと思って(笑)。たっぷり休んだしそろそろ働こうかな~って、徐々に仕事を探し始めることに。色んな職種を見てみたんですけど、やっぱり美容関係の仕事がしたくなっちゃって。免許を持ってるからってだけじゃなく、5年間も死に物狂いで色々経験した美容業界だったし。経験を活かしたいっていう気持ちが強かったです。なにより美容が好きなので。でもカットはどうしても嫌。ヘッドスパは楽しいと思えなかったし、ネイルも苦手で…どうしようかなと悩んでいたときにカラー専門店を思い出したんですよね。以前、カラー専門店を利用したことがあったので存在は知ってました。カラーならやりたい!って思って、カラー専門店で絞って求人を探して。その時にSPEEDYを見つけたんです。他のカラー専門店も並行して見てましたが、SPEEDYが1番給料が良くて休みも多かったので入社を決めました。

入社して1年ほど経った頃、店長にならないか?と声をかけられ、今は学芸大学店の店長をやってます。給料はもちろん一社目よりも上がりました。カラー専門店はカラーばかり同じ業務の繰り返しで”やりがい”を感じることが少ないんじゃないか?と思う人もいると思います。でも私は全然そんなことないです!カットと同じで、カラーもお客様の髪質によって色の出方が変わります。染めた後を考えながら、お客様好みの色を出すのは難しいですが楽しいですし、お客様の希望を叶えたときにとっても”やりがい”を感じてます。

もし私のようにカットが嫌いになったからって美容師人生を終わらせようと思っているひとがいるなら、カットだけじゃないよって、カラー専門店で、SPEEDYで働く道もあることを教えてあげたいです。

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