福岡 2019.4.9

なかなか売れず手取り7万だった僕がOAKで指名数No.1美容師になるまで

OAK hair makana 小倉店 店長 土肥 勝彦

なかなか売れず手取り7万だった僕がOAKで指名数No.1美容師になるまで

29歳。北九州市出身。福岡ビューティーアート専門学校卒業後、東京のサロンをいくつか経験し、今はOAK全店舗指名数ナンバーワンを誇る。趣味は飲み歩き。

公務員の道を選ばず、美容師を目指した

高校3年の時までは公務員になろうと思ってました。進学校だったから同級生はみんな大学進学か公務員のどちらかで。でもふと「自分の名前で仕事したい」って思ったんですよね。じゃあ手に職をつける仕事しようって。そんなときに思い浮かんだのが美容師でした。博多に出られて、筆記で特待生を狙えて、学費が安かったから。オープンキャンパスも行かずに学校を決めちゃいました。卒業後に上京。原宿にある有名サロンに行きたかったんですけど筆記落ち。なんとなく求人情報誌を開いて一番最初のページにあったサロンを受け、内定。給料も高かったし、東京に行けるならサロンはどこでもいいかなって思ってそこにしました。10代を過ごした海とか山にはもう飽きちゃって(笑)、東京に行くって決めて探して、他は何にも考えてなかったです。

紆余曲折した美容師の道

創業60年以上、百貨店の中にある老舗サロンだったので客層は高齢の方が多かったです。老舗だからこそ美容師の基礎は徹底的に学べたし、そのおかげで技術の引き出しは増えたと思ってます。給料はアシスタントでしたが手取り16万ぐらいありました。ただデビューまで8~9年かかるのが当たり前の会社。2年半勤めてやっとアシスタントリーダーになったとき、あと6年もアシスタントするの長いなと(笑)。飽きたのかも…。それから実は半年だけ美容師を辞めてるんですよね。

興味あることを何でもやりました。工場バイトとか土木作業員とか。でも地元の友人たちから「東京で”美容師”やめて、何の仕事してるの?」って聞かれたとき、自分は「今こんな仕事してるよ!」って胸張って言なくて、それで美容師に戻る決意をしたんです。10代の自分が一度決めた道、やってよかったと満足できるまでやってやろうって。それから派遣でサロンを何店舗か見て、その中で一番有名だった表参道のサロンに入社しました。雑誌で見ないときはないぐらい有名なサロン。そこに入れば自分も有名になれる人脈を作れるんじゃないかと思ったんですよね。でも入社して半年で退職。オーナーもお客様も富裕層で、近寄りがたくて、お店の雰囲気にも馴染めませんでした。次の転職先も派遣で見つけた池袋のサロン。都内に3~4店舗しかない小さなサロンだったのでここだったら早めに昇進できるんじゃないかと思って入社しました。でもここでもデビューせずに退職。地元の北九州へ帰ることに。専門学生のときから知り合いだった美容師さんから「独立するから一緒にやろう」と声をかけられたんです。

手取り7万。生活のためラーメン屋のバイトと掛け持ち

北九州に戻って、席が3つしかない個人サロンをオーナーと二人で始めました。そこで入店してすぐにデビュー。25歳ぐらいだったかな?デビューしたばかりでスタイリスト経験もなく、新しい土地、新しいお店、全てがゼロからのスタート。集客も自分でやるしかありませんでした。媒体に掲載したり、ビラ配りもしてみましたが、手当たり次第だったのであまり効果もなく。数少ない入客のメインは紹介でした。だから新規で来てくれたお客様が働くお店に自分も顔を出したり、髪のメンテナンスについての話をしつつ再来に繋げたり、お客様からまた紹介してもらったり。色々と僕なりに頑張って、ぽつぽつと指名のお客様が出来てはいきましたが、ひとりでやるには限界がありました。もちろん給料も最初から上がらず、手取りは15万程度。もうちょっともうちょっと、と自己流の集客方法を繰り返してはいたんですが、指名どころか入客のお客様さえ増えなくて…。結果が出ない状況にだんだんとやる気も無くなり、2年目からはダラダラと仕事をしてました。途中から入客しないお店にいても意味ないなと思い始めちゃって、自由出勤にしてもらい、完全歩合に。歩合にしてからは手取り7万ぐらいまで下がってしまってたんで、ラーメン屋のバイトと掛け持ち。途中で俺、何してんだろって分かんなくなりましたよ(笑)。

まあ、当時の自分はいつもヤル気なくて、態度も悪くて、オーナーからしたら嫌なスタッフだったと思います。デビューもしていない僕を呼んでくれたっていう義理もあったんで3年は続けようと思ってました。でも知り合いだからこそ、お互いに言えないことや不満が積もり積もって…。結局2年半で退職しちゃったんですよね。

今の自分は過去の自分が頑張ったからある姿

もともと仲が良かった飲食店のオーナーから声をかけられてOAKを知りました。「『小倉で新店オープンするからイイ美容師いない?』って知り合いが探してたよ」って。家から近かったし、完全歩合も経験あったので「心機一転!やってみよう!」と入店。三度目の正直です。東京でも地元でも思ったように売れず、もう美容師向いてないなと諦めかけていたので。OAKで1年だけやって、売れなかったら辞めようと思ってました。

でも今まで働いてきた職場とは段違いで集客力が強く、成果が出やすい環境でした。もう入店して2年半になりますね。今は小倉店の店長になって、ありがたいことに指名数も全店ナンバーワンもとることが出来ました。OAKは入客数が多いので、以前と違って”集客よりも接客”に力を入れることが出来るのがこの結果に繋がっていると思います。あの時は意味がなかったと凹んでいた接客方法が、こうやって指名に繋がっているのもOAKの環境があってこそだなと。あ、もちろんラーメン屋バイトと掛け持ちもしてないですし(笑)、東京にいた頃よりも数倍以上は稼げてます。

今こうやって振り返ってみると、人脈のおかげ、周りの人のおかげでここまで来れたなと本当に感謝してます。でも何も考えずにただ知り合いを増やして、人脈を広げてきたわけじゃないんです。自分が頑張って結果を残し続けてきたからこそ、それを認めてくれる人がいる。その人達が僕のことを周りに紹介してくれるから、より良い人脈が作れているのかなと。それにOAKという環境が僕の頑張りを認めてくれたから、店長という居場所を与えてくれた。だから僕はOAK小倉店の店長としていつでも良い結果を残せるように、誰が僕のことを紹介しても恥ずかしくないように、今できることに全力で挑んでいます!


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