ワークスタイルceleste 2019.3.18

勉強嫌いの元不良美容師がセレストで掴んだ「学ぶ」喜び

Celeste 第2エリアマネージャー 土居 亮介

勉強嫌いの元不良美容師がセレストで掴んだ「学ぶ」喜び

1988年生まれ。大分県出身。明日香美容文化専門学校卒業後、上京し都内に2店舗展開する美容院に就職。フリーター、個人店を経て2014年にセレスト小岩店に入店。小岩店で副店長を経験したのち、新店の葛西店の店長に。昨年末からは、第2エリアのマネージャーとして活躍中。美味しいものや舞台を見に行くのが趣味。

美容師からパチンコ屋フリーターへ
大分県の美容学校の卒業と同時に、東京が母親の出身地ということもあり上京し、飯田橋、錦糸町に2店舗ある美容室に就職しました。
人手不足もあり2店舗に約5年間ぐらい勤務しました。正直給料面で凄く辛く何度も辞めようと試みたのですが説得に説得を重ねられ長く働きましたが、
このままずるずるするのも良くないと思い次のお店を決めずに退社してしまいました。その後は、約半年くらいパチンコ屋さんでフリーターやってました。
働いたら働いた分だけお金の入るアルバイトっていいなと正直思ったのを覚えています。美容室で働いてた時より倍くらいの収入になったので。。

一度諦めた美容師へ再挑戦するも・・・
でもなんかモヤモヤしてたんですよね。このままでいいのかなって。そんな時もともと一緒に働いていた先輩に誘われて独立したお店に入りました。
給料面などは以前よりよかったのですが個人店だとやはり集客が上手くいかず、暇な日が多く、やはり稼げなかったです。お店が暇で二人でいるとなんかギクシャクしてくるんですよね。
そこの店舗は約8ヵ月で退社いたしました。その後がセレストです。辞めようと考えてから家から近いのもありセレストに1度お話だけ聞きたくて聞いていました。
辞めて電話した際に「明日からでも働けますよ!」と言われたのはびっくりしました。対応の早さがその時の自分には凄くありがたかったのを覚えています。

初の業務委託でセレストへ、想像と全く逆だった
最初は家から近いこともあり小岩店での勤務を希望しました。業務委託という形態も初だしマンツーマンの接客、技術に不安もありながらも飛び込んだ小岩店。
その当時小岩店が人が少なく店長以外女性しかいない状況で、自分がどんな人かもわからないのに歓迎して頂いたのが初日で嬉しい出来事でした。

人が少なかったこともあり毎日たくさん入客させていただけた事が大変でもありましたが充実して楽しかったです。全く違う環境で働いていた人たちと働くことで刺激も凄いいただきました。働きだしてから、マンツーマンというお客様を大切にできる所、やったらやった分報酬として、自分に返ってくる面は凄くやりがいもありいいなと感じました。

業務委託サロンはお客様を担当する「数」を追うイメージでしたが、全く逆で一人一人のお客様を大事にしてるところが自分には合ってたのかもしれません。
あと、独身だからこそ出来たことですが店長と仕事終わりに毎日のように晩ごはんを食べながらミーティングしてましたね。お客様についてや、どうしたら指名をもっと増やしていけるかなど・・・小岩店を盛り上げていくにはどうしたらいいか話していました。お陰で体重はみるみる増えました(笑)


副店長に抜擢!当時の小岩店長の背中をみて育った
その後、小岩店では副店長をやらせて頂きました。具体的な数字の目標があるほうが頑張れるタイプでしたし、元々やるからには上を目指したいなと思ってはいました。ですが実際はぼんやりしてて、でもその当時の店長に凄く良くしてもらったので助けたいっていうのもあったかもしれません。いままでの働いていた上司のイメージをある意味壊してくれた店長でしたね。

それまで働いていた先の上司は、どちらかというと上から物を言う感じで、自分の意見を押し付けられることがありましたが、当時の小岩店の店長は距離がとても近く、何でも言いやすい方でした。
副店長として任せてもらう所もありましたがやはり店長に頼りっぱなしだったなと感じる事も多かったです。
クレームの対応も結局店長が対応してくれたりと、身を削ってスタッフのことを守る姿勢など、色々見せて学ばせていただき、その後の店長経験にも生きています。


店長昇進、過去の「嫌な上司」を反面教師に店作りをし、スタッフ全員指名100名達成!
新店舗のオープニングの話を頂き、チャンスは中々来ないと思いチャレンジしようと決意しました。同じ江戸川区でしたが路線も違いほぼお客様はゼロになってしまうのも辛いと思いましたが自分がまぁ楽天的な所もあり何とかなるだろ…と。最初はホントに手探りで何もわからない状態だったので苦労しました。どうやったらお客様が来てくれるだろう、また来てくれるだろうと試行錯誤して毎日終電までお店にいましたね。

アドレナリンが出まくってたのか苦じゃなかったです。心がけていたのが自分が収入面で辛い思いをしていたので一緒に働いてくれるスタッフにはそういう思いをさせたくないなという思いで必死でした。立場が変わると考え方も変わっていくなと感じましたね。いい意味でいままでの上司みたいになりたくないだったり、反面教師でやりました。
めんどくさい事は下に丸投げして来たり、自分が稼ぎたいからみたいな店長にはなりたくないなと。

葛西で一番稼げる美容室を目指して、スタッフにはお客様に集中できる環境を与えるため、それ以外のお店のことなどは出来るだけ自分主導でやっていきました。また、コミュニケーションを大事にして、指名をどうやって増やしていくか、指名が増えた方が収入も上がって楽しく働ける事を常に一緒に働いてるスタッフには話してましたね。

業務委託ですがお客様には関係ない、そんな店単位での雰囲気作りを目指しました。
1年後の12月にスタッフ全員指名100人いった時は凄く嬉しかったですね。自分の数字よりも一緒に頑張ったスタッフの数字が上がった事の方が何倍も嬉しかった。これは店長にならないと味わえない喜びですね。


成果を出してマネージャーへ!勉強嫌いな不良少年が、今は学ぶことが喜び
マネージャーを目指すきっかけは、何事もやってみないとわからないし、目の前にチャンスがあったのでチャレンジしてみようという感じでした。
チャレンジすることによって絶対自分が成長できると思ったし後々何かに役立てばいいなと。
実際まだ日は浅いですが、はっきり言って別の職業に就職したのかなって思うレベルでした。

今は5店舗の統括マネージャーとして担当エリアの売上向上、指名数の増加、リピーターの獲得などについてを、それぞれの店舗をまわりつつ試行錯誤しながら取り組んでいます。
店長の時は自分が主導で1店舗ずっと見れば解決してましたが複数店舗の担当になり時間がいくらあっても足りないし、自分の力のなさを痛感してます。
学ぶ事がたくさんあって学生時代勉強嫌いで単車乗り回してた自分が学ぶことの喜びを感じてます。まずは自分の担当になった店舗の人たちにいい思いをして欲しい。
それが会社単位でいい循環になれるように自分が動ければと思ってます。

  

今後の目標は「更なる成長」と「親孝行」
仕事面では今後どんどん仕事を任せて頂けるように自分が成長する事。今やっていることが後に美容部門だけでなく色んな事に活かせるようにしていきたいです。店舗の設備のことや、外部の方との交流なども主導していきたいですね。
大きな口を叩くタイプではないので自分の繋がりがある人たち位は大切にして助けたり助けられたりしていければいいかなと。
プライベートではなかなか裕福ではなく複雑な家庭環境で大分時代は色々迷惑をかけてしまった親に少しでも親孝行できたらいいなってやっと30越えて思ってきました。
20代はホントに自分の事でいっぱいいっぱいだったので(笑)

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